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ミクロネシア連邦

概要
正式国名 ミクロネシア連邦(Federated States of Micronesia)
人口 約10.4万人(2016年、世界銀行)
民族 ミクロネシア系
宗教 キリスト教(カトリック、プロテスタント)
1人当りGNI 3,550米ドル(2016年、世界銀行)
電話の国番号 (691)+(相手番号)
面積 701k㎡
首都 パリキール(Palikir)
主要言語 公用語:英語および8の現地語
政体 大統領制
通貨 米ドル

ミクロネシア連邦は、約300万k㎡の海域に広がる607の島々から構成されている。西太平洋の赤道の北側に位置し、ハワイから5,000kmほど西にある。

●歴史(第二次世界大戦後)
・ 米国の信託統治
1947年、国連はミクロネシア地域を6つの地区(マリアナ、ポンペイ、チューク、ヤップ、マーシャル、パラオ)に分け、米国を受任国とする信託統治地域とした。米国は経済開発にはほとんど関心を示さなかったが、住民への教育振興を進め、1965年にはミクロネシア議会を発足させた。
・ 独立への道  
1970年代後半、米国と6つの信託統治地区との間で自治のための交渉が始められた。1978年7月、すでに独自の道をゆくことを決めた北マリアナを除く5地域と、1977年にポンペイから分離したコスラエによって、ミクロネシア憲法草案が起草された。そして各地区で住民投票が行われた結果、マーシャルとパラオでは否認され、その結果、残る4地域(ヤップ、チューク、ポンペイ、コスラエ)がミクロネシア連邦(FederatedStatesofMicronesia=FSM)を構成する州となり、憲法が1979年5月に発効した。 
1986年、米国から財政支援を受ける一方で、国防と安全保障の権限を米国に委ねる自由連合協定(コンパクト)が米国との間で締結され、経済を含む国内問題はすべて自国内で処理することができるようになった。1990年12月、国連安全保障理事会はミクロネシア連邦の信託統治の終了を宣言した。

 

●政治
議会は一院制で、4年任期議員4名(各州1名)、2年任期議員10名(チューク州5名、ポンペイ州3名、ヤップ州・コスラエ州各1名)で構成されている。大統領は4年任期議員の中から選ばれる。政府の課題は種々の面で各州間の利害関係を調整しつつ、いかに経済開発を進めてゆくかにある。

 

●経済
ミクロネシア連邦の経済は、基本的には米国との自由連合協定(コンパクト)による経済援助により成り立ってきた。1996年からは経済自立化への努力の一環として、アジア開発銀行(ADB)など国際機関の協力を得て経済改革を開始し、国家財政の安定化、国営企業の民営化、投資環境の改善、民間部門の開発に努めている。貨幣経済と伝統的自給経済が混在しており、国内の生産性は高くなく、生活必需品の多くを輸入に依存しており、貿易収支は恒常的に赤字である。国民経済の主な収入源は農産物輸出、入漁料収入、観光業であるが、同国は依然として米国等からの援助に大きく依存しており、また、経済開発は、主に公共投資によるものとなっている。

その他ミクロネシア連邦の詳細は、当センターガイドブックをご覧ください。
外務省のページはこちらから

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