パラオガイドブック
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Palau IslandsSouth-West Islands●英国・スペイン人との交流 1579年に英国人キャプテン・ドレークがパラオに現れ交易を始めたのが最初といわれている。次いでスペイン人フランシスコ・パディラが1710年にソンソロール島を発見。その後1783年にキャプテン・ヘンリー・ウィルソン率いる英国船『アンテロープ』号がアラカベサン島沖で座礁したのを大酋長アイバドルが救助したことが端緒となり、西洋人との交流が盛んになった。1821年(文政4年)に日本船『神社丸』(現在の岩手県宮古市が母港)の船員11名が漂流、4年間滞在し、マカオ経由で7名が帰国したという史実がある。●スペイン植民地時代(1885〜1899年) 1800年代後半にスペインが本格的にパラオへ進出し、1885年にローマ法王の裁定でパラオはスペインの植民地となった。このスペイン植民地時代は約15年間続いた。その頃、日本人との交易もあったが、スペインが1899年の米西戦争に敗れたため、パラオを含むミクロネシア諸島はドイツに売却された。太平洋ガルワングル・リーフカヤンゲルKayangelバベルダオブ島Babeldaob Islandウルクターブル島Ngeruktabel Islandマカラカル島Macharchar IslandPacific OceanEWNSWNSE20kmアラカベサン島Ngerekebesang Islandロックアイランドセブンティアイランドカープ島Carp Islandペリリュー島Peleliu Islandアンガウル島Angaur IslandNgeruangel Reefフィリピン海Philippine seaSonsorol IslandsPulo AnnaMerirTobiHelenKepulauanAsiaRock Islands70 IslandsPalauIslands0●ドイツ植民地時代(1899〜1914年) ドイツ人はパラオでコプラ生産に意欲的に取り組み、1909年にはアンガウル島でリン鉱石の採掘を開始するなどしたが、コプラを中心とする貿易の主導権は次第に日本人貿易商に移行した。●日本人の統治時代(1914〜1945年) 第1次世界大戦により、日本は1914年にパラオを含むミクロネシアのドイツ領を3パラオ諸島Palau Islands1︓700,000010kmアルコロン州Ngarchelongガラルド州Ngaraardオギワル州Ngiwalマルキョク州Melekeokガラスマオ州Ngardmauアルモノグイ州Ngeremlenguiガスパン州Ngatpangアイミリーキ州Aimeliikエサール州Ngchesarアイライ州Airaiコロールkororパラオ国際空港マラカル島Malakal Island

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