ニウエガイドブック
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歴 史自然環境3 ニウエに人が住み出したのがいつであるか正確には分からない。紀元後400年頃と信じられている。最初の遠征隊は、フォアとフアナキに率いられて島の北端ウルラウタないしモツに700年頃に上陸・定住した。その後、1250年頃までは新たな定住者についての記録は残っていない。1525年にトンガによる侵攻があり、アナトガで先住民と戦っている。その生き残りが島の南、タフィチ、ムイフォヌアないしヒクラウタに住みついた。さらにクック諸島からの移住者も混じって、今日のニウエ文化が形成されていった。 ニウエがヨーロッパに知られるようになったのは1774年のキャプテン・クック(Captain James Cook)の来航による。しかし、クック一行は、ニウエ人の激しい攻撃を受けて上陸を断念しており、同島の呼称を当初考えていた「プリンス・フレデリック島」から「野蛮人の島」に変更したという。その後1830年に宣教師ジョン・ウイリアムズ(John Williams)も上陸を試みたが、ニウエ人の抵抗に遭い目的を果たせなかった。 ニウエにキリスト教がもたらされたのは 1846年になってからである。それもサモアでキリスト教に改宗していたニウエ人ペニアミナ(Peniamina)が、ロンドン宣教師協会と協力して布教を開始してからである。1849年、サモア人宣教師パウロ(Paulo)によって布教活動は引き継がれ本格化していった。1900年、ニウエはイギリスの植民地となったが、このころにはキリスト教の宣教師達は完全にニウエをキリスト教化した。1901年ニウエ人には一切の相談が無いまま、ニウエはニュージーランドへ移譲された。 ニュージーランドはニウエをクック諸島に併合しようとしたが、ニウエ人の激しい抵抗にあい、これを断念している。 1974年10月、長年の交渉を経て自治権を獲得し、ニュージーランドとの自由連合関係に移行した。 太古のサンゴ礁が隆起してできたニウエ島は世界最大の珊瑚礁の島で、全体が2層になっており、下の層は平均20mほどの高さで、その上の層は一番高いところで 65mほどある。島には多くの洞窟や小さな渓谷があるが、山や湖、川と呼べるものはない。雨が降ると、そのまま島の内部に吸い込まれ、石灰岩がフィルターとなって海にしみでる。そのため海は透明度が高く70m先まで見通すことができる。

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