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PACIFIC ISLANDS NEWS [ 太平洋諸島ニュース ]

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ウエストパプア問題は国連で取り上げられるべき(ニュージーランド・インドネシア・パプアニューギニア)

ニュージーランド国会議員のLouisa Wall氏はニュージーランドのウエストパプアに対する姿勢を検証した近著の出版にあたりコメントした。著書では、歴代ニュージーランド政府がこの問題に対してパプア人の権利を支持していないと批判している。同氏によれば、「ウエストパプア人は1960年代にインドネシアに併合されて以来権利を剥奪され続けている。また、議会の中では、歴史的な過ちをただすことが優先事項であるという認識が高まっており、ウエストパプアは直ちに国連の非植民地化リストにあげられるべきだ。」という。一方インドネシア政府は、オランダ領ニューギニアのインドネシア併合後、1969年の住民投票で独立派を抑えて、インドネシア政府が統治することで決着しているとする。しかし、この住民投票はインドネシア政府によって操作されていたとみられている。今年初めインドネシアのジョコ・ウィドド大統領がニュージーランドを訪問した際、ニュージーランド労働党党首でもあるジャシンダ・アーダーン首相は、ニュージーランドが公式にインドネシアのパプア統治を支持する旨を繰り返し表明していた。Wall氏はこれに対し「多くの国会議員はこの問題を未だに解決されていない植民地問題とみている。私たちは原則に忠実に行動すべきであるし、原則とは、正義と先住民の権利である。ウエストパプアの人々が歴史の流れの中で不正な方法で決定されたものに焦点をあて、再び訴える権利なのだと思う。」と訴えた。(Radio New Zealand/Aug 1, 2018)

注:上記記事補足
パプア、ウエストパプア2州は「イリアンジャヤ」という名で、ニューギニア島の西半分を占めていた。1898年以降、オランダが植民地とした。第二次大戦後1961年スカルノ政権が西イリアン解放闘争を起こしオランダと武力衝突。1962年に米国が仲介となり「ニューヨーク協定」に調印し、1963年に両州はインドネシアに移管された。1969年の住民投票でインドネシア領となったが、自由パプア運動(OPM)を名乗る独立派が「ウエストパプア共和国」建国を掲げて分離・独立運動を展開し今に至る。1990年代には、石油、天然がすなど豊富な地下資源の権益をめぐって独立運動が再燃。この結果、広範な自治権を認めるパプア特別自治法などが2001年に制定されたが、インドネシア統治に対する不満、不信感は根強く、独立を求める火種はいまだ残ったままだ。